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神田沙也加と松田聖子が絶縁したのはいつから?確執の理由まとめ

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松田聖子さんと神田正輝さんの一人娘である神田沙也加さん。

その松田聖子さんと神田沙也加さんの仲に確執があったと数年前から報じられてきました。

一説によると、絶縁状態にあったともいわれています。

ここでは、神田沙也加さんと松田聖子さんが絶縁していた時期と、確執が生まれた理由について調査しました。

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神田沙也加と松田聖子が絶縁したのはいつから?

神田沙也加さんと松田聖子さんは、これまで確執と修復を繰り返してきたと報道されています。

過去に何度か確執が生まれ、別居や同居を繰り返してきた中で、最後に絶縁状態になったと言われているのは、2017年でした。

2017年5月に、神田沙也加さんは俳優の村田充さんと結婚、そして同じ頃に株式会社ファンティックに併設された芸能事務所・株式会社ローブへ移籍しています。

松田聖子さんは、娘の沙也加さんの結婚式には出席せず、祝福コメントも出していませんでした。

なんでも沙也加さんが聖子さんに招待状を送らなかったのだとか。

それ以降、公の席で2人がメディアの前に姿を見せることはなかった為、関係は修復されていなかったのではとみられています。

神田沙也加と松田聖子の確執の理由は?

では、神田沙也加さんと松田聖子さんの間に確執が生まれたのは何故だったのでしょうか?

報道内容から、確執の理由をまとめました。

①松田聖子の離婚と再婚

松田聖子さんと神田正輝さんは、1997年1月に離婚しています。

その時沙也加さんは小学4年生で10歳でした。

沙也加さんは松田聖子さんに引き取られ、忙しい聖子さんに代わって聖子さんの母親である祖母に育てられてきました。

しかし、聖子さんは1998年5月に突然歯科医師と再婚。さらに、仕事の拠点をアメリカに移動することになりました。

沙也加さんは、中学に入学する時期で多感な時期でしたが、

「継父と一緒に行く事に当時の私はすごく抵抗があった」とのちに語り、全寮制の日本の学校に残る決断をしています。

それほどまでに、母親の再婚に拒否反応を示してようです。

逆に、父親の神田正輝さんは離婚後も神田沙也加さんとの仲は良好だそう。正輝さんも沙也加さんの為に再婚はしないと決めていたそうです。

この事からも、沙也加さんが聖子さんの再婚には少なからず反発心があったとみられています。

②中学時代には楽しい思い出が全くなかった

前述のように、沙也加さんは中学校に上がる時期に聖子さんが再婚して渡米した為、全寮制の私立中学校に入学します。

ところが、そこでは芸能人の娘だという理由で、壮絶ないじめを経験する事に…。

「神田沙也加の下着だ」と盗まれて晒しものにされたり、布団を水浸しにされた事もあったそうです。

その後、都内の中学校に編入するも、馴染めずに不登校となり、最終的には聖子さんのいるロサンゼルスの日本人学校に通うことになりました。

中学3年生の時には、日本に帰国して私立の千代田女学園中学校に編入し、なんとか卒業できています。

中学3年間で4校の転校を経験した沙也加さんは、「中学時代は楽しい思い出がなかった」とのちに語っています。

半分は、聖子さんの仕事に関係している様ですので、辛い子供時代を送った事が確執の原因となっているとも考えらえれます。

③鳴り物入りでデビュー

神田沙也加さんは、2001年に中学3年生の時に「SAYAKA」として芸能デビューし、5月には「アイスの実」のCMにも出演しました。松田聖子さんと神田正輝さんの娘として話題に!

翌年の2002年5月ソニー・ミュージックエンタテインメントから、『ever since』で歌手デビューしています。

メインアーティスト:SAYAKA

しかし、歌手としての売上は2作目以降伸びず、親の七光りだとバッシングを受ける事もあったそうです。

そして、高校を卒業するタイミングで、「SAYAKA」としての活動は休止しています。

2005年5月に、所属するファンティックの代表でもある祖母(松田聖子の母)名義で声明をだしました。

高校卒業をひと区切りとし、この機会にゆっくりと時間をとっていろいろなことを勉強し、

将来のことを考えたいという本人の意思により、SAYAKAとしての活動を停止させていただくことになりました

松田聖子さんの娘というプレッシャーが、耐えずついていたのかもしれません。

その後、休止期間に沙也加さんは、1年半をかけて海外に様々な作品を観に行ったり、アルバイトで社会経験を積んでいます。

④恋愛関係への口出し

2005年で芸能活動を休止した理由として、もう一つ神田沙也加さんの彼氏との交際を、聖子さんが猛反対したからという説があります。

神田沙也加さんは、当時一回り年齢が年上のギタリストとの熱愛を報じられました。

しかも、相手は家庭がある男性でした。

02年、15歳で沙也加が歌手デビューを果たした直後のことだ。

「その頃、沙也加が交際していた相手はひと回り年上のギタリスト家庭がある身で、不倫から始まった恋だといいます。彼の離婚が成立すると、沙也加は結婚すると言い出し、実際に婚姻届を準備していた。

もちろん聖子さんをはじめ周囲は猛反対。自宅で窓ガラスが割れるほどの大喧嘩となり、警察が出動する騒ぎとなった」(当時を知る音楽関係者)

高校卒業を機に、聖子は沙也加を勘当し、個人事務所「ファンティック」との契約も解除。自宅を追い出され、給料を止められた沙也加は、飲食店のバイトで糊口をしのいだ。

2019年 週刊文春

その後も、神田沙也加さんが俳優の石垣佑磨さんと交際した際も反対し、

その次の「Day After Tomorrow」のギタリストだった北野正人さんとの交際も反対していたそうです。

聖子さんが認めていたのは、山崎育三郎さんやオペラ歌手の田代万里生さんの時のみで、家柄や経歴が申し分ない時だったそうです。

そして、2017年4月に沙也加さんが村田充さんと結婚した事にも反対していたそう。

沙也加さんは、結婚式に聖子さんを招待しておらず、聖子さんも結婚に関するコメントを出していません。

神田沙也加と松田聖子の共演は?

松田聖子さんと神田沙也加さんに関する確執について、報道されている情報をまとめましたが、2人は常に仲が悪かったわけではありません。

2007年には再び同居をしていた事を公表していますし、

2011年には紅白歌合戦で仲良く共演する姿も見られました。

blog.livedoor.jp

母と娘ゆえに、ぶつかる事もあったのかもしれませんが、2017年に神田沙也加さんが結婚して絶縁したと言われていた以降も、連絡は取れる間柄だったとも言われています。

2人の再共演を望むファンも多かったですが、久しぶりのメディアを通しての共演が遺骨となった沙也加さんでした。

サンスポ

まとめ

神田沙也加さんと松田聖子さんの絶縁した時期や、確執が生まれた理由についてまとめました。

ミュージカルや声優として、母とは違う分野で自らの道を切り開いて活躍されていた神田沙也加さん。

沙也加さんは、亡くなった時は35歳で、母娘の確執が原因で亡くなった訳ではありませんが、早すぎる死が残念でなりません。

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