故・ジャニー喜多川さんをめぐる性加害の実態については、長年ささやかれてきましたよね。
ここ最近は岡本カウアンさんらが実名で告発し、ジャニーズ事務所の責任も問われつつあります。
ジャニー喜多川さんの性被害を受けたのは、いったい誰だったのでしょうか?
今回は、ジャニー喜多川氏の性被害者について、調査しました!ぜひ、最後までご覧ください。
ジャニー喜多川の性被害者と内容を時系列でまとめ!
ジャニー喜多川さんがジャニーズJr.たちに対しておこなった、性加害が明るみになってきました。
その内容は過激なものもあり、とても口にできないようなこともあったようです。
過去の報道や証言から、ジャニー喜多川さんに性被害を受けたメンバーと、その内容についてまとめていきたいと思います。
被害者①北公次(フォーリーブス)
元フォーリーブスのリーダー・北公次さんは、1988年に『光GENJIへ―元フォーリーブス北公次の禁断の半生記』を出版しています。
北公次さんは、ジャニー喜多川さんと“夫婦同然”の生活を送っており、毎夜のように被害にあっていました。
初めて被害にあったのは、16歳のとき。手や口でされるだけでなく、最後まで行為に及んだといいますから、驚きです。
あまりにもショッキングな描写で、思わず目を背けたくなるような内容でした・・・
当時はジャニー喜多川さんも若かったので、その行為も頻度もかなり激しかったようです。
被害者②中谷良(ジャニーズ)
ジャニーズ事務所から最初にデビューしたグループ「ジャニーズ」のメンバーだった、中谷良さん。
1989年に、「ジャニーズへの逆襲」を出版しています。
中谷良さんは、まだ野球チームの一員だった11歳のときに、被害にあいました。
中村良さん含む4人は、ジャニー喜多川さんの自宅に遊びにいくようになります。
ある日中谷良さん1人で遊びに行くと、ジャニー喜多川さんはじゃれあいながら、「気持ちいいはずだよ」と、手を上下に動かし、射○へと導きます。
同著で中谷良さんは、このトラウマや葛藤から逃れるため、覚せい剤に手を出したと明かしています。
被害者③平本淳也
「新・光GENJI」「SHADOW」「ESCAPE」「維新組」で活動していた、平本淳也さん。
1996年に、「ジャニーズのすべて-少年愛の館」を出版しています。
岡本カウアンさん同様、英国放送BBCの取材に、顔出しで答えていました。
平本淳也さんは、ジャニー喜多川さんから「マッサージのほんの少しの延長」をされたと語っています。
ジャニー喜多川さんの性加害は、公然の秘密で誰もが知っていることだったそうです。
著書で生々しい描写は少ないですが、ジャニーズの裏側を第三者目線で暴露しています。
被害者④豊川誕
ジャニーズ・ジュニア第3期生として活動していた、豊川誕さん。
1997年に、「ひとりぼっちの旅立ち-元ジャニーズ・アイドル 豊川誕半世記」を出版しています。
豊川誕さんは、合宿所に入所した際、郷ひろみさんがそれまで使用していた部屋を与えられます。
しかし、ずっとジャニー喜多川さんの部屋で寝泊まりし、ベッドで毎晩、自由にされ続けたと語っています。
豊川誕さんはこの行為を「つらい仕事」と表現しつつ、ジャニー喜多川さんを恨んではいない、と語っています。
豊川誕さんは、幼少期から男性に性加害を受けており、ゲイバーで働いていたりと、男性をひきつける何かがあったようです。
また、合宿所では酒や煙草、ドラッグも容認されており、入所者も隠す様子がなかったという、衝撃の事実を告白しています。
被害者⑤木山将吾
元光GENJIの候補だった、木山将吾さん。
2005年3月、「SMAPへ~そして、すべてのジャニーズタレントへ~」を出版しています。
木山将吾さんは、「ジャニー喜多川の愛人だった。」と、15歳~17歳にかけて、性奴隷だったことを明かしています。
そこでは、成長が止まるホルモン注射や、盗聴器、ジャニーズ事務所の性虐待を赤裸々に暴露していました。
高校1年生の時、ジャニー喜多川さんに気にいられた木山将吾さんは、そのままジャニーズ事務所の合宿所に連れて行かれます。
ジャニー喜多川さんに、泡風呂で全身を洗われるという「泡風呂の儀式」を受けたそうです。
木山将吾さんと同時期に合宿所にいたのは、
- 男闘呼組の4人
- 中山繁之
- 光GENJI初期のメンバー
- 少年隊
- 田原俊彦
というメンバーと、ジュニアが多数出入りしていたようです。
泡風呂の儀式で拒否すると、事務所から消えてしまったジュニアもいたようです。
アイドルになりたかった木山将吾さんは、ジャニー喜多川さんからの性行為を受け入れます。
常にジャニー喜多川さんの膝の上に乗っているような、愛人のような生活だったそうです。
そして、当時ジャニーズ事務所では、デビュー前に成長を止めるホルモン剤を打つという噂がありました。
諸星和巳さんから、「次は木山くんだから」と言われ、木山将吾さんは逃げ出し、事務所から抹殺されてしまいます。
木山将吾さんによると、ジャニーズ事務所に童顔で背の低いタレントが多いのは、その注射を打たれているからでは、ということでした。
木山将吾さんは、ずっと心の中にしまって過ごしていましたが、息子さんが誕生したことをきっかけに、暴露を決めたようです。
被害者⑥光GENJI
木山将吾さんは、光GENJIの内海光司さんに、ジャニー喜多川さんがしつこくて・・・と相談します。
すると、「恥ずかしがったり躊躇せずに大胆になると飽きてくる」と、アドバイスをもらったそうです。
光GENJIの初期メンバーやジュニアは、ジャニー喜多川さんにパンツを脱いでお尻を突き出している写真を撮られ、舐められたメンバーもいたそうです。
光GENJIのメンバーは、諸星和巳さん含め、ほぼ全員が性被害にあっていたようです。
被害者⑦田原俊彦
田原俊彦さんも、木山将吾さんの暴露本より、「ジャニーさんの旦那様だった」と暴露されています。
「旦那様」というのは、『肉体的に男役で、ジャニー喜多川を喜ばせる』という意味だったとか。
田原俊彦さんはジャニー喜多川さんを、「ジャニー」と呼び捨てにしていたそうです。
田原俊彦さんは1989年、週刊誌「FOCUS」に全裸写真がスクープされていますが、それはジャニー喜多川さんが撮影したものだったとか。
ジャニー喜多川さんが、ジュニアの裸写真を撮るのは日常茶飯事だったそうです。
田原俊彦さんは1991年1月にジャニーズ事務所から独立し、「俺ぐらいビッグになると」という発言で大バッシングを受けました。
このとき、ジャニー喜多川さんとの関係に何か変化があったとされています。
被害者⑧近藤真彦
近藤真彦さんは、ジャニー喜多川さんの実弟・メリー喜多川さんと、夫婦同然だったと噂されていたそうです。
ジャニーズのメンバーがメリーさんのマンションを訪ねた際に、裸の近藤真彦さんが出てきた、という噂があります。
ジャニー喜多川さんだけではなく、弟のメリーさんも性加害をしていたというのは衝撃的ですね・・・
被害者⑨岡本健一(男闘呼組)
ジャニー喜多川さんが、「旦那様」と慕っていたのは3人もいて、その中の1人が、元男闘呼組のメンバー・岡本健一さんです。
岡本健一さんも、ジャニー喜多川さんを「ジャニー」と呼び捨てにしていました。
同じメンバーの土田一徳さんが、ジャニー喜多川さんのお腹を蹴って抵抗したことで、男闘呼組のメンバーから外されてしまったこともわかっています。
被害者⑩東山紀之(少年隊)
ジャニー喜多川さんが「旦那様」3人目が、少年隊の東山紀之さんです。
東山紀之さん自身も性加害に及んでいたそうで、ジュニアのメンバーのパンツを脱がせ、「俺のソーセージを食え」と言い放ったこともあるとか・・・
ジャニー喜多川さんを模倣して、自分がされた行為を当然のように行っていたのかもしれません。
被害者⑪郷ひろみ
郷ひろみさんは、1972年に「男の子女の子」でデビューし、絶大な人気を誇りました。
ジャニー喜多川さんの大のお気に入りだったのですが、1975年に突然ジャニーズ事務所から、バーニングプロダクションに移籍します。
ジャニー喜多川さんは体調不良で3ヶ月入院しており、その間に引き抜かれたようです。
木山将吾さんの暴露本より、郷ひろみさんが、ジャニー喜多川さんからの性的虐待に耐えられなかったことをつづっています。
ジャニー喜多川さんは、郷ひろみさんに未練タラタラだったそうですよ。
被害者⑫SMAP
SMAPと同時期に合宿所に通っていた、奈緒さん(匿名)の話によると、SMAPもジャニー喜多川さんの洗礼を受けていたそうです。
奈緒さんが、ジャニー喜多川さんが布団に入ってきたのを拒んだところ、SMAPのメンバーは受け入れたと勘違いし、「わぁ、じゃお前デビューじゃん、やったね」と冷やかされたそうです。
また、中居正広さんは当時小学5年性の香取慎吾さんが合宿所に呼ばれたときに、「あーかわいそうに」と発言しています。
合宿所に呼ばれるという意味を知っているからでは、と話題になっていました。
SMAPが合宿所にいた時期も、ジャニー喜多川さんと関係を持つ=デビューにつながるというのが当たり前だったようです。
被害者⑬高橋竜(They武道)
高橋竜さんも、英国放送BBCのジャニー喜多川さん加害のドキュメント番組に出演しています。
高橋竜さんは、当時10歳でジャニーズ事務所に入所し、「They武道」に所属していました。
しかし、2012年にはジャニーズ事務所を退所しています。
高橋竜さんは、ジャニー喜多川さんにマッサージを受け、だんだんその手が上の方にきたそうです。
ジャニー喜多川さんに、「もうこれ以上はだめ」と伝えたところ、「ごめんね」といって部屋を出ていったそうです。
その後、高橋竜さんより年下でダンスも未熟なグループのデビューが決まり、ジャニーズを辞めることを決意したそうです。
被害者⑭平野紫耀(King&Prince)
キンプリの平野紫耀さんは、岡本カウアンさんの暴露によって、性被害にあったことが分かっています。
2022年11月、岡本カウアンさんが、ガーシー氏とコラボした動画の中で、実名で暴露していたのです。
内容としては、太ももや股間を弄られたり、性器を口に含まれたりと、信じがたいものでした。
岡本カウアンさんと平野紫耀さん、ジャニー喜多川さんの3人で、キングサイズのベッドに寝ていたそうです。
被害者⑮岡本カウアン
2023年4月12日、岡本カウアンさんが会見を開き、ジャニー喜多川さんから受けた性加害を公表しました。
英国放送BBCからも取材を受け、平野紫耀さんと同じ現場にいたことを語っています。
ジャニー喜多川さんからうけた性被害の証拠も、動画として保存しているということでした。
当時のジャニーズの合宿所に出入りしていたのは、100人以上だったそうで、そのほとんどがジャニー喜多川さんの性加害を受けていたとか・・・
おぞましい性加害がトラウマになって、ジャニーズ事務所を退所したメンバーもいるそうです。
被害者⑯吉岡廉
元関西ジュニアの吉岡廉さんも、ジャニー喜多川さんから性加害を受けていたようです。
吉岡廉さんは、2019年にジャニーズ事務所を退所後、大阪のバーで働き、ホストに転身したそうです。
吉岡廉さんも、英国放送BBCから取材を受け、性加害のドキュメント番組に出演したようです。
吉岡廉さんが具体的にうけた内容はわかっていませんが、ジャニー喜多川さんから受けた行為を擁護する発言をしています。
僕は正直めっちゃ悪いとは思わないんですね。受け入れちゃってる時点で、そういううわさが回っている。これがあれば売れるとか。
(そういう気持ちが)ちょっとはあると思うので、そこはどっちも責められないかなと僕は思います。
Yahooニュース
有名になるのが1番の夢だったので、ジャニー喜多川さんから性加害を受けたのも、必要なことだったという認識だったようです。
被害者⑰元ジャニーズJr.のE氏
2000年代後半にジャニーズに所属していたE氏が、「週刊文春」の取材に対し、性被害を受けたことを告白しています。
現在20代後半のE氏は、中学1年生でジャニーズ事務所に入所し、『ミュージックステーション』『紅白歌合戦』にも出演していました。
しかし、ジャニー喜多川さんのマンションに行く機会は無く、お気に入りではなかったそうです。
高校1年生のときに、「どうせ辞めるから記念にジャニーさんの家に行きたい」と友人に頼むと、了承を得ます。
お風呂に入るように指示され、下着を脱いで渡し、浴衣と、ゆるゆるの白いブリーフを渡されたそうです。
「ジャニーさんが僕の足元に来て、足のマッサージを始めました。そのうち、股間の周りを触り始めて。
浴衣なのですぐにはだけて、下着の中にスルッと手が入ってきました。隣の子を起こすべきか、結構長く考えました。でもやっぱりマズイと思って、隣の子に助けを求めました」
週刊文春
被害者⑱なにわ男子
なにわ男子も、ジャニー喜多川さんの性被害にあっているのでは?という声があがっています。
しかし、結論から言うと、被害を受けていない可能性が高いです。
ジャニー喜多川さんは、関西ジュニアをあまり推していなかったので、おそらくなにわ男子は入っていなかったと思います。
妹のジュリー景子さんが、道枝駿佑さんらを推していたので、ジャニー喜多川さんに迫られる機会がなかったと考えられます。
被害者19橋田康
顔出し実名で被害を告発した、元ジャニーズJr.の橋田康さん。
橋田さんの告発で、被害を告白した元ジュニアは合計で11人になりました。
橋田康さんは1998年からジャニーズJr.として活動。
当時小学6年生だった橋田さんは1999年に地方公演の際に、被害にあったと言います。
本当に傷ついてしまって、シャワーで洗っていると、自然と涙が出てきました。
されたことの怖さというより、噂は本当だったんだという思いや、性の知識もなく、自分の体の変化も含めて、頭がこんがらがってしまった。
ベッドに戻って横になっても、涙は止まりませんでした
文春オンライン
橋田康さんは、現在もダンサーや俳優兼プロデューサーとして活躍しています。
それゆえに、ジャニーズや日本の芸能界に「変わって欲しい」という思いで告発したそう。
まとめ
今回は、ジャニー喜多川氏の性被害者について、紹介しました!
過去の暴露本から、ジャニー喜多川さんのしてきた行為が明るみになり、被害を受けたジュニアはかなりの数のようです。
岡本カウアンさんの会見でも新たな情報が発覚しましたが、今後ジャニーズ事務所がどのような対応をするのかも気になりますね。
今後の情報にも注目ですね。最後までお読みいただき、ありがとうございました。